クラシノカタチ

2016/02/28

ジョルジョ・モランディのStill LIfe

コラム // 山田 祐子

ジョルジョ・モランディのStill LIfe

Still Life with…

静物画はお好きですか?

絵画には様々なジャンルがありますが、静物画は個人的に最近特に気になるジャンル。

ここでの問いの意味は、観るということに関してです。

私のツボポイントとしては「主題なし」、「作者の対象物への愛着度」、「普遍性」をあげます。


静物画は英語表記で「Still Life」。
Stillは「静止して動かない」、Lifeには「実物」、「本物」、「実体」という意味が
ありますが、それ以上に含みを持たすこともできるように思える言葉(名前)です。

一見、「生きてる」のか「死んでる」のかいったいどちらなんだ?!と思わせるこの表現…

現代美術用語辞典によれば、事物の静止性という側面を取り上げた表現に対し
natura morta(直訳すれば「死せる自然」)は18世紀イタリアでの造語であり、
当時アカデミズムにより上位のジャンルとされていた歴史画、肖像画が
natura vivente(生きている自然)と呼ばれていたのに対して、
静物画を蔑視的にこう呼んだ(出典;現代美術用語辞典)とされ、大変興味深い!


19世紀後半のセザンヌの登場から主題の意味にとらわれることなく、画面上での構成を重視した表現が現れます。

20世紀イタリアを代表する画家、ジョルジョ・モランディ。
モランディは同一モチーフによるバリエーションの構図を生涯をかけて研究し続けた作家で、その静物画は
世界最高の評価を受けています。

終わりなき変奏

ただただ壜や壺、水差し、缶などが並ぶ配置の変奏(バリエーション)を眺める。

一見、華やかさには欠け、とりたてて特筆すべき主題があるわけではない静物画の数々。
展示空間では、同じようだが似て非なる絵画の波にのまれそうになり、軽く眩暈を覚えます。

同じモチーフの何通りもの組み合わせにおいて、色と形の絶妙なバランスを生み出す手腕ゆえにこそ、世界は驚嘆、
絶賛し、20世紀最高の画家の一人という位置づけをされているのです。


東京ステーションギャラリーで開催中(H.28.2/20~4/10まで)のジョルジョ・モランディ展「終わりなき変奏」は、
兵庫県立美術館からの巡回展で、東京の後、岩手県立美術館にて開催予定。

イタリア、ボローニャのモランディ美術館の全面的な協力のもと油彩画約50点、水彩、素描、版画約50点が彩る
贅沢な空間が実現しています。
日本では3度目、17年ぶりの本格的な個展となる本展。
2011年の幻の展覧会以来の開催となるため、日本の絵画ファンにとっても待望の展覧会です。

卓上に注がれるあたたかな眼差し

モランディが繰り返し描くモチーフは、身の回りにある何の変哲もない日用品…
というか卓上におさまる小さな置物の数々です。

小さきものは愛でたきもの。
一緒にするのもおこがましいのですが、私も個人的に何の役にも立たぬ小物や民芸品もどきをコレクションしています。

描くものはほぼ全てがアトリエに置いたモランディ自身のお気に入りの小物ばかり。
四角いココア飲料の容器(空き缶)、溝のついた背の低い容器、赤い花瓶、青のストライプのビアグラス、
また、漏斗を口径の合う他の容器に上下逆さに取り付けた自作の置物(可愛い!)などがよく登場します。


作品を鑑賞せずに、「単純な形態の組み合わせによる構成の繰り返し」と聞くとなんともつまらなそうな、
興味をひかれない絵のように思うかもしれません。

モランディの絵は1点だけを1回単体でみるより何回も何通りもの作品を反復して鑑賞することでその魅力に
はまるような気がします。

そう、はっきり言って地味なのです。
しかしその地味な色、形、モチーフを繰り返すことによって、鑑賞者に愛着を感じさせてしまう効果があるのです。

作家のモノへの愛着が鑑賞者に伝染する。
卓上に注がれるあたたかな眼差しを絵を通して追体験している不思議な感覚に陥るのです。

埃はそのままにして払わないで。

はじめて知った面白いエピソード。

特徴的な淡い色彩と抑えられたトーンや良い意味での「くすみ」感は、壜や壺の表面に積もった埃に起因する
ところが大きいとか。

アトリエの卓上に関して、家人に決して埃を掃除させなかったそうです。
職人のこだわりを感じます。

埃もそのままにして良いことがあるとは!

ただ、掃除をしないことの母への言い訳には使えそうにはありませんが…。

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