クラシノカタチ

2014/01/22

小さいおうち

コラム // 後藤昇

小さいおうち

中島京子の小さいおうち

昔から、本屋に行くときは、あらかじめ買う本を決めて行くのでなく、読みたくなる本を探しに行く感じだ。 中島京子さんの小説「小さいおうち」も職業柄つい気になる 「おうち」という題名とまるい円の中に「女性2人が手を繋ぐイラスト」の装丁にひかれ買った、いわゆるジャケ買い本。

昭和初期から戦中にかけ「赤い三角屋根の文化住宅」に女中(お手伝いさん)として勤めたタキがノートに書き留めた日記がものがたりの中心。戦前の昭和モダンとよばれた東京の中流家庭の暮らしぶりが描かれている。戦前や戦中の暮らしぶりは暗いイメージで描かれる事が多いが、ここでは、戦争に突入して行く過程での好景気感と新しい時代を夢みる東京で、戦中戦況の悪化を国から知らされない庶民の生活ぶりを知る事ができる。

中島京子の小さいおうち

赤い三角屋根の文化住宅

舞台となる家は、裏表紙に描かれているようにとても洒落た三角屋根の家、北海道や軽井沢あたりにありそうなデザイン。これは、ギャンブレルとよばれる2段勾配切り妻屋根、天井が高くでき屋根裏利用がしやすい構造。小説のなかでは、文化住宅とよんでいる。文化住宅とは、大正から昭和初期にかけ、西洋の住宅のデザインや暮らし方を取り入れた和洋折衷住宅のことである。

この洒落た「小さいおうち」平井家の中で起きていた「秘め事」を、タキの甥がノートを見つけた事で、現在と昭和二つの時代が繋がりあぶり出されていく。「秘め事」はなにかというと、物語ではそれははっきりとさせずにおわるので、すっきりせず後に残る。しかし、本の表紙のイラストをあらためてみると、それが何であるのか確信をもつ。歴史恋愛サスペンス的な感じでとても面白い。

タキの甥が「秘め事」を調べはじめるきっかけとなったのが、アメリカの絵本作家バージニア・リー・バートン「ちいさいおうち」を手にしたところから。 実は、小説の「小さいおうち」は、空襲で焼けてしまうのだが同じ建物が現代になって蘇る。過去と現在の「小さいおうち」が、絵本の「ちいさいおうち」がきっかけで、物語の最終章ではミステリーサスペンスのように「秘め事」があぶりだされる。

赤い三角屋根の文化住宅

バージニア・リー・バートンの「ちいさいおうち」

小説にもでてくる、バージニア・リー・バートンの「ちいさいおうち」は、アメリカで毎年最も優れた絵本に毎年授与される「カルデコット賞」を受賞したアメリカの古典名作絵本。田舎の丘に建つ「ちいさいおうち」が周辺の都市開発に飲み込まれ環境が変化して行く物語。

この絵本が出版されたのが、太平洋戦争開戦翌年の1942年。アメリカも日本もまだまだ経済成長しようとしているこの時代に「都会と田舎」の暮らし方を考えさせている凄い絵本である。

絵本の「ちいさいおうち」はもちろんハッピーエンドで終わる...けど考えさせられるおはなし。

バージニア・リー・バートンの「ちいさいおうち」

山田洋次の「小さいおうち」

さて、なぜ「小さいおうち」のコトを書いたかと言うと、山田洋次監督が映画化、1/25日から公開が始まったからである。

以下映画「小さいおうち」HP www.chiisai-ouchi.jp/‎ から
「 数々の名作を世に送り出してきた山田洋次が、監督作82本目にして全く新しい世界へと踏み出した──。ことの始まりは、山田監督が偶然手にした一冊のベストセラー小説。2010年に第143回直木賞を受賞した、中島京子の『小さいおうち』だ。読了した直後、「自分の手で映画化したい」と熱望した山田監督は、すぐに作者に思いのたけを込めた手紙を書いた。50年を超える監督人生の中で“家族の絆”を描き続けてきた山田監督が、今作で初めて“家族の秘密”に迫る。 家族の温かさを見つめてきたその目で、更に深く人間の心の奥底に分け入り、その隠された裏側までも描きだそうとする――そんな監督の情熱から生まれたかつてない意欲作が、ついに完成した。」

お手伝いのタキが黒木華さん。その昭和的な顔だちが役になった決めてだとか...なるほどたしかにイメージに近い。
「赤い三角屋根の文化住宅」の主人平井は片岡孝太郎さん...お会いした事があるので大ファン
その妻時子が松たか子さん。物語のキー役となる板倉正次を吉岡秀隆さん。秘密を調べるタキの甥を妻夫木聡さん
音楽は最近山田監督と組み始めた久石譲さん。と豪華キャストスタッフでの映画化である。

映画になると、映像でその当時の暮らし方、インテリア、建築、食事、ファッション、言葉遣い、などがリアルに再現され、人物をやその暮らしを描く事が得意な、山田洋次監督がどのように映像化したのか楽しみである。

山田洋次の「小さいおうち」

※写真動画は映画「小さいおうち」より

映画で実際に建築された「小さいおうち」が三角屋根が正面に見えるデザインではなく、屋根が大きく見える大屋根デザインに変わっているのが少し残念なのだが、これはこれで、現在でも人気がでそうなデザインである。

映画小さいおうちみたいな感じで!と設計依頼が増えそうな気がする。

中島京子の「小さいおうち」は戦前中の昭和モダンな暮らしだけでなく、外から見える暮らしと中での暮らしは違うということ、また絵本の「ちいさいおうち」は、便利な世の中と不便な世の中の暮らしは何が違うのかを教えてくれているように思える。

小説「小さいおうち」と絵本の「ちいさいおうち」は、富士神戸SORAMADOの「本の部屋」においてあるので、是非手にとって見てください。

昭和と平成、外と内、都会と田舎 それぞれの「クラシノカタチ」がある。

文.写真 / Culas+企画運営 後藤 昇

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